お久しぶりです。
アポロです。
早いもので2020年も、もう終わりですね。
この一年振り返るとコロナの影響で世界的に大きく変化した年でした。
自分もその変化に対応しなくてはならないと改めて感じています。
来年は飛躍の年になる様に気持ちを切り替えて全力で走り切りたいと思います。
今回は毎年正月に楽しみにしている話をしたいと思います。
普段会えない家族や親戚に会えるのも楽しみではありますが、私は祖母が作る雑煮を食べるのを毎年楽しみにしています。
私の父は関西、母は関東出身で毎年出される雑煮が全く違うので今回雑煮について調べたら各地域によって色々な雑煮がある事を知れたので紹介したいと思います。
今まで、雑煮を当たり前の様に食べていましたが、始まりは平安時代と言われ、雑煮の語源は「煮雑ぜ(にまぜ)」で色々な具材を合わせたことからきているそうです。
お正月の三が日におせちやお雑煮を食べる際には「祝い箸」という両方の先が細くなったお箸を使いますが、一方を人が使い、もう片方は神様が使う「神人共食(しんじんきょうしょく)※神と人が共に飲食することの意」を表したものみたいです。
日本全土ではすまし汁のお雑煮が多いようですが、もともと雑煮は味噌仕立てのものだったそうです。
というのも、武士の多い関東では「みそがつく=失敗し評判をおとす」として味噌仕立てではなく、すまし汁が好まれ主流になり、一方、味噌は関西と四国の一部地域で主に使用され、味噌でも白味噌を使用する事が多いみたいです。これは、当時文化の中心であった京都で白味噌を用いて作られたことから広まったと言われているそうです。
関西の祖母が作るお雑煮も白味噌です。
お雑煮は具材や味付けは各地域様々ですが、一つだけ必ず入っているものがお餅です。
室町時代には武士の宴会で必ず一番初めに酒の肴として雑煮が振る舞われていましたが、当時は餅の原料となる米は高価なものであったため、庶民のお雑煮には餅の代わりに里芋が入っているのが一般的だったようです。
餅の形も関西では丸餅、関東周辺や寒冷地では角餅が多い傾向にあるみたいです。関西では昔から「円満」を意味する縁起物の丸餅が主流ですが、江戸時代、人口が集中していた関東周辺では、ひとつずつ手で丸める丸餅よりも、一度に多く作れる角餅が使われるようになったからと考えられているそうです。また、関ヶ原の戦いの影響で西日本が丸餅、東日本が角餅に分かれたという説もあるそうです。
私は関東の鶏雑煮と京風雑煮の二種類は毎年食べていますが、雑煮の歴史を知ると尚更有り難い食べ物だと感じました。
調べたところ、他にも何種類もある事も知りました。
一番驚いたのは島根県に関しては、小豆雑煮が主流みたいです。おしること変わらないですよね。笑
今の時代、色々なものが変化し、古い物は消えて忘れ去られていく世の中で、何百年もの時間がたった今も尚、引き継がれていることに感慨深いものを感じました。